メールの紹介

1月受け取り分

東京都江戸川区の島さんから

立体写真についての論評をくどくどと述べたいと思います。

僕なりの定義をすると立体写真(ステレオグラフ)とは、意図 的に撮影した2枚の写真(平面2次元映像)を両眼で注視する ことによって網膜以奥の視神経において実体感が感受されるよ うに撮影された写真のことです。

 立体写真は、感覚の世界での立場から実体写真という場合も あります。両眼で注視する仕方を立体視あるいは実体視といい ます。したがって、単に漫然と撮られた写真は、決して立体写 真にはならないし、立体視することなしに立体写真とはなり得 ないのです。

 よく写真家が、質感を出すだとか肌理(きめ)を表現すると か云っているけれども、実は立体写真を撮って、立体視すれば いとも簡単に間違いなく表現できるものなのです。そのことを 知らないまま、見た目の質感と撮影した写真とのギャップを憂 いている写真家がおそらくほとんどではないかと思われます。 このことをわきまえている写真家がいたとしても、立体写真を 作品として仕上げるメディアが皆無であることや立体視を普通 にできる人が少ないことから、表現の手段となり得ないのが実 態なのではないでしょうか。率直に言って残念ながら、立体写 真は、マイナーな存在なのです。

 立体写真が表現する世界は、現実と空想との交差点なのです。 感覚的には現実と錯覚する映像なのですが、物理的には、共線 条件を満たした光学上の虚像なのです。

 話が全くといってよいほど難解かと思われるでしょうが、平 たく云えば、人間が、左右の目で物を見るのと同じようにフィ ルムにも同じように左右の映像に相当するものを写し込んで、 写し込まれた物を視神経に性格にインプットしてやればよいの です。もっとわかりやすい例を引くならば、ヘッドホーンで音 楽(ライブ)や生録(バイノーラルレコーディング)の鳥の声 などを聞いているときにその場に行ったように感ずる(臨場感 )のと同じように、映像でも同じことがやってのけられるので す。ちょっと前に4チャンネルステレオがオーディオ機器とし てもてはやされた時期があったのですが、数年で姿を消しまし た。現在は、ごくわずかな映画館で残っているのみです。

 同じようなことが、立体映像についてもいえるのです。僕が 思うに、新鮮な物を欲する時代に立体映像が現れ、しばらくす ると衰退していくというパターンをこれまでの映像の歴史の中 で幾度か繰り返してきたように思います。おおむね、10年周 期ぐらいかと思われます。そもそも、写真が発明された当初か ら、立体写真カメラはありましたし、爆発的に立体写真がはや った時期がありました。しかし、いつしか忘れ去られてしまい ました。人の心は気まぐれで、写真のように感覚に頼る表現手 法自体の宿命かもしれません。

 現在は、バーチャルリアリティの最たる物として立体写真が もてはやされています。いわゆる3Dとしてもてはやされる映 像です。ただ、3Dはいつの間にかモデルに対しての意味合い が強く、3D映像としての意味合いが薄れています。これは、 ビュアーの普及の鈍さにあります。ビュアーとしてはヘッドマ ウントディスプレー が代表格でしょう。

 僕が普段なじみのある立体写真は、ステレオカメラで撮影し たスライドを用いるものです。デジカメの300万画素を越え る画像でもフィルム乳剤の精細さには及びませんから今のとこ ろ最も質感や肌理を損なわずに感受できる媒体なのです。 ただ、ステレオカメラやステレオ撮影用アダプターは、基線 長(目の間隔に相当する間隔)がほぼ人間の目の間隔(50mm 〜70mm)に設定されているため、10m以上離れたものを撮影 すると双眼鏡で見た映像と同じようにそれぞれの被写体が衝立 に描かれた絵のように薄っぺらな見え方しかしません。したが って、10m以上離れたものを被写体とする場合には、距離に 応じて基線長を拡げて撮影しなければなりません。目安とし ては、被写体までの距離の10%程度と考えれば良いでしょう。 これを無視した立体写真が世の中には多すぎます。静物の撮影 であれば、1台のカメラで2回撮影すれば良いでしょう。いず れも光軸を平行に保つこと、被写界深度を深く保つことが見や すい立体写真の作成のこつです。以上が、立体写真に対する所 見です。

 蛇足。でも本当は、これを一番書きたかったのです実は。
 レオナルド・ダ・ビンチが遠近法や立体感に関する研究を行 っていることは有名ですが、僕の勝手な想像を許していただけ るのならば、次の仮説をたてることができます。

 「偽物のモナリザが多数あるうちの1つは、本物である。」

 ダビンチの生きたルネッサンスの当時、写実主義が隆盛を究 めましたが、写真機はまだ発明されていませんでした。物が立 体的に見えることについて、探求した彼にとってカメラさえ与 えれば立体写真を撮影することはたやすいことでしょう。 しかし、目で見た画面を忠実に表現する技術をもし彼が持って たとしたら、例えば、鏡の上を絵筆でなぞるようにして写し取 るトレース法など。立体視できる絵画(右画像用の絵と左画像 用の絵)を描くことは必ずしも不可能とは思われません。 但し、相当な根気のいる作業です。彼が、モナリザの絵をかな り長い間持ち歩いていたという事実は、この作業の困難さを物 語るものではないか。そう考えると本物とされるモナリザとス テレオペアになるもう一枚のモナリザがあって、それを並べて 立体視するとモナリザの立体像が生々しく浮かび上がって来る のではないかと勝手に思っています。それが実現したとき、僕 とダビンチは秘密を共有したことになるのです。その一瞬がい つか来ることを夢見ています。長々くどくどと申し訳ありませ ん。メールの方がよかったかもしれませんね。

(裸視立体を見ることが出来る人は島さんと同じ感覚を持って いると思います。この感覚は立体写真が見えない人にはわから ないと思います。 私は立体の標準を瞳の間隔60mm、被写体までの距離は6m、 視力は両眼とも1.0、を基準にしています。)  


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